習近平VS李克強、始まった前哨戦

中沢克二(なかざわ・かつじ)  1987年日本経済新聞社入社。98年から3年間、北京駐在。首相官邸キャップ、

政治部次長、東日本大震災特別取材班総括デスクなど歴任。2012年から中国総局長として北京へ。現在、編

集委員兼論説委員。14年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞 

  中国最高指導部の面々にとって一年に一度だけの晴れ舞台である3月の全国人民代表大会(全人代、国会

に相当)。繰り返される全体会議で隣り合わせに座る中国国家主席の習近平と、首相の李克強はただの一度も

握手することもなく、まともな会話もなかった。視線さえ合わせない。 

政治協商会議の閉幕式に出席した習近平国家主席(左)と李克強首相(3月14日、北京の人民大

会堂)=写真  小高顕 

  全人代代表とテレビの前の視聴者の視線を一身に集める場だけに異様だ。普通、仲が悪くても、大人なら皆

の前では体裁を繕うため笑顔で握手ぐらいはする。1年前の全人代では、李の首相演説の前と、退場する際に

2人の会話が成り立っていた。 

■李演説に潜む習との確執 

  「そのくらい2人の仲は冷え込んでいる。李首相の演説(政府活動報告)の文言からも対立が透けて見える。

そのうち、もっと明確に分かる時が来るだろう」。全人代終盤だった3月半ば、北京の政治関係者は心配顔だっ

た。 

  その首相演説の文言とは以下を指す。「怠慢、消極的な仕事ぶりを断固、ただす。地位にありながら、何もし

ないのは許さない」。つまり、サボタージュ行為を許さないと言っているのだ。行政の長たる首相の言葉だけに

穏やかではない。 

  しかも、この文言は、習が推し進める「反腐敗」の徹底と、集権に向けて提起した「核心意識」の項目のすぐ後

に、唐突に登場する。文章にやや混乱があり、何を指しているのか分かりにくい。だが、中国の官僚らは、サボ

タージュ行為と言われればすぐにピンとくる。皆、身に覚えがあるからだ。 

  習の3年間の苛烈な「反腐敗」運動で、中央、地方を合わせて何十万人という政府、党幹部が調査、拘束、断

罪された。彼らの一定部分は「カネに汚い」という問題はさておき、がむしゃらに働いて中国の国内総生産(GD

P)引き上げに貢献してきた。従来基準なら評価の高い有能な官僚らだ。 

  今、生き残っている幹部らは「反腐敗」で捕まるのが恐ろしいため、意図的に仕事をさぼっている。前のように

夜の宴席で公共事業の商談をまとめれば、密告で捕まる可能性が高まる。監視役として同行してくる部下が密

告する例も後を絶たない。 

  捕まって一生を台なしにするくらいなら、何もせず嵐の過ぎるのを待つ。「上に政策あれば、下に対策あり」。

中国官僚の典型的対応だ。しかも、これまで許されてきた「灰色収入」を得る道も断たれた。安い正規の給与だ

けでは住宅や自動車のローンも払えない。やる気が出ないのは当たり前だった。 

  こうした中央、地方官僚のサボタージュの結果、中国各地で多くのプロジェクトが進まない。カネはあるのに

様々な手続きが必要な実際の案件が実行に移されない。しかも習指導部になってから、地方GDPの伸び率

は、幹部の成績評価でさほど重視されなくなった。働き損だ。そんな雰囲気が充満している。 

形の上では経済の司令塔である李克強。彼が怒るのは当然だった。「ふざけるな。とにかく働け」。こう発破をか

けているのだ。問題の根にある習の「反腐敗」運動の進め方に正面から異を唱えるのは無理だ。自分の地位が

危うくなる。とはいえ「仕事をしろ」とはいえる。 

■変わりつつある風向き 

  しかし、これまでは全く効果がなかった。権限がないと見られている李の指示を真面目に聞く官僚は少ない。

「習自身が自分を捕まえないと保証してくれるなら別だが」。中国東北地方の末端組織の幹部の声である。 

  ところが、3月の全人代を経て、少し風向きが変わった。「反腐敗」を利用した習への権限集中、個人崇拝的な

色彩、メディアへの締め付け……。経済にまで悪影響が出ていることで、共産党内で「バランスをとるべきだ」と

いう声が少しずつ強まりつつある。 

  変化を肌で感じた李は腹を決め、反攻へ一歩、踏み出した。「ここで存在感を示せなければ首相の椅子から

降ろされかねない。そんな危機感もあったはずだ」。北京の老知識人の見方である。 

  4月15日午前、李は北京の名門、清華大学を訪問し、教育や科学技術の重要性を訴えた。そして午後には

北京大学も訪れた。清華大学は習の母校だ。清華大を先に訪れ、自分の母校である北京大を後にしたのがミ

ソだ。 

4月15日、李克強首相(左)は、習近平主席の母校、清華大学を訪れ、学生らと自撮り棒を使って

写真撮影を楽しんだ(中国中央テレビの映像から) 

  しかも副首相の劉延東や、前国家主席、胡錦濤の人脈に連なる北京市党委員会書記の郭金竜らが同行し

た。自らの基盤である共産党の巨大な人材育成機関、共産主義青年団(共青団)系の人物を数多く伴った大々

的な視察だった。李は、胡が引退した今、9000万人近い団員を擁する共青団の人脈のトップにいる。習指導部

で劣勢の共青団系の人材を来年の共産党大会で引き上げる責任は李にある。 

  「知識人の間で人気がない習主席にケンカを売ったかのようだ」。北京の大学関係者はこう見る。李の狙い

は、共青団の団員も多い大学生、知識階層からの支持固めにあった。視察時には、清華大や北京大の共青団

員らも数多く動員された。 

  李は学者的な気質を持つインテリである一方、切った張ったの政局回しは不得手。実直さが売りだ。自らの特

徴を知ったうえで、インテリ層との親和性が高いと判断したのだろう。 

  そもそも個人崇拝的な傾向を強める習は、大学生を含む知識階層内では煙たい存在。好かれるキャラクター

ではない。半面、一般大衆の間では絶大な人気があった。腐敗幹部という悪を懲らしめる正義の味方――。そ

んなイメージが功を奏したのだ。 

  この面で習は毛沢東に似ている。知識人を嫌った毛沢東は、文化大革命(1966~76年)の際、打倒すべきう

るさい知識人らを「牛と蛇の化け物」とさげすんだ。インテリ層は、強権的で個人崇拝色の強い毛沢東の手法に

危うさを感じていた。 

  習が自らの支持勢力として重んじる集団がもう一つある。人民解放軍だ。習は、父が副首相を務めた共産党

幹部で、「太子党」「紅二代」の人脈に属する。軍内には多くの「紅二代」の仲間がいる。 

しかも習には長い軍歴もある。清華大を出た後、中央軍事委員会で働き、その後も、地位に応じた軍の肩書を

持ち続けた。ここが元国家主席の江沢民、前国家主席の胡錦濤との大きな違いだ。 

■李の知識層VS習の大衆+軍 

  李の動きをいぶかる習も機を見て反撃に出た。4月20日、中央軍事委員会の連合作戦指揮センターを視察

して重要講話を発表。一連の軍改革の成果を強調した。その服装が話題を呼んだ。なんと戦時に着る迷彩服

に身を包んで登場したのだ。文民の江沢民や胡錦濤が決してしなかった戦闘的な軍服姿だった。異様な迷彩

服姿だけに、習の映像・写真はインターネットなどを通じて広く流布された。 

新設した中央軍事委員会連合作戦指揮センターに迷彩服姿で登場した習近平国家主席(4月20

日、中国中央テレビの映像から) 

  俺には軍がついている。逆らうのはやめたほうがいい――。こう脅しているようにも見える。この局面で軍を視

察した習の視線の先には、南シナ海で対峙する米国だけではなく、内政もあった。 

  文化大革命で毛沢東は、一般大衆、年少の「紅衛兵」のほか、軍からの支持も重視した。「政権は銃口から生

まれる」。毛沢東の有名な言葉だ。軍を重視する考え方も習と毛沢東の共通点である。 

  2日後、習はもう一つ、けん制球を投げた。清華大の設立記念日をとらえて祝電を送り、国営中国中央テレビ

の夜のメーンニュースのトップで報じさせた。李訪問のちょうど一週間後だった。習の祝電の文言は、愛国、国

家と民族への貢献に重点があり、李の訪問時の発言とは趣を異にする。自らのシマを荒らした李への複雑な思

いが垣間見えた。 

  習に対抗するため知識階層からの支持を得ようと動いた李。これに対し、習は、一般大衆に加えて軍からの

支持をアピール。李や、面従腹背に転じかねない党内勢力をけん制した。広い意味での「民心」の争奪戦であ

る。まるで西側民主主義諸国の選挙運動を見ているようで面白い。 

  中国共産党の「選挙結果」が判明するのは来年秋。5年に1度の共産党大会での最高指導部人事である。前

哨戦は既に始まった。(敬称略) 

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